奈良の墨づくり

墨(すみ)の語源

 すみを墨と書くようになったのは、紀元前十数世紀、古代中国で漢字が甲骨文字から始まり、金石文となり、秦の時代に隷書としてまとめられたころと考えられます。墨は黒と土とからなる文字で、は「炎がかまどよりいでてくすぶりてくろくなる」という意で、は、「いにしえは土・鉱をもってつくり、その色黒きより、黒と土とを合わせり」となっています。



 また、「すみ」の呼び名は、中国後漢(25〜220)の時代に、松から「すす」を採るようになって、当時の都長安の近く扶風(ふふう)、麋(ゆみ)、終南山(しゅうなんさん)の松から大量に採られるようになり、特に麋が最も著名であり、「ゆみ」と言えば墨を指しました。これが後世日本に伝わり、「ゆみ」が「すみ」と訛り、「墨」を「すみ」と読むようになったと言われています。


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